夢剣 笹沢左保

実は股旅物

光文社時代小説文庫(90.6.20)

全十篇が収められているのですが、タイトルから連想される、武士階級が主人公の話は四篇のみ。しかもそのうち「闇の鈴」「雪の追分」にかんしては股旅要素もあるので、八割が――つまりは、ほぼ股旅ものです。

タイトルで食わず嫌いにならず、笹沢股旅ものが好物の方々には、もし見かけた折入手して損はない隠れた逸品です。

 

個人的には関所破りがテーマである「裏街道を往く人々」が気に入りました。

剣劇もなく淡々と進んでいく描写が却って印象に残ったのです。

桑名行きの夜間航行中の一挿話である「七里の渡し船」も同趣向なのですが、こちらは笹沢時代劇お約束のあれがあります。

この「裏街道を往く人々」は本書中もっとも枚数が少ないゆえか、それがありません。

その点もまた新鮮で、良かったのでした。

 

先ごろ、文庫にて久々に「見返り峠の落日」が再刊されました。

これを機に笹沢左保の股旅ものが続々と救い上げられたらいいな、と思っております。

アイデアのつくり方 ジェームス・W・ヤング

今井茂雄訳 阪急コミュニケーションズ(88.4.8)

 

この本は、著者がシカゴ大のビジネススクールにて、広告を選考する大学院の学生たちに講義したのち、2~3の広告界で活躍している実務家の集まりで話したことを、書籍化したものです。

 

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どんな技術を習得する場合でも、学ぶべき大切なことはまず第一に原理であり、第二に方法である。(P25)

 

イデア作成の基礎となる一般的原理には、大切なことがふたつある。(P28)

イデアとは既存の要素の新しい組み合わせであるといふこと。新しい組み合わせを作りだすには、事実と事実の間の関連性を探ろうとする心の習性が必要であること。

 

そして方法、あるいは技術は5つの過程を経る(P33)。

1.資料収集の段階、資料とは(製品と消費者にかんする)特殊資料と、(人生とこの世の種々様々な出来事についての)一般的資料の二種

2.資料を咀嚼する段階

3.課題を放棄し、自分の創造力や感情を刺激するものへと心を映す段階

4.アイデアの誕生、いわゆるユーレカ!の段階

5.現実の有用性に合致させるため、そのアイデアを具体化し、展開させる段階

(多くのいいアイデアが陽の目を見ずに失われていくのはこの段階)

 

1の段階の、一般的資料の貯えにかんして。(P56)

経験を直接的間接的に絶えず広めてゆくことはアイデアを作成するどんな職業にも役立つ。

 

言葉はアイデアのシンボルなので、言葉を集めることによって、アイデアを集めることもできる。(P62)

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小著で本編読後は物足りない印象もありがちですが、続く竹内均氏による解説がその渇きを潤してくれます。これは実は生煮えだった理解を懇切丁寧に消化吸収させていただいた満足感だったのかもしれません。

シェイクスピアのソネット

小田島雄志訳 文春文庫(07.3.10)

 

訳本はいくつもあるけれど、こちらがシェイクスピア戯曲の個人初完訳者による翻訳だと云ふ点は特筆すべきであろう。

また、この訳書は見開きに必ず銅版画がワンポイント配置してあるのだが、制作者の山本容子さんはそもそもこの本が生まれるきっかけを与えた人らしく、そのくだりはその場に居合わせた松村さんによる解説に詳しい。

 

訳文は散文調なので、さらっと読んで内容を把握したい人に向いている。

それに、各章ごとに座している銅版画が行間にあふれる詩情を補完してくれるから、意味の理解へ邁進する頭脳に気分転換となるのではないだろうか。

最後に、以下一行挙げておく。98章の冒頭です。

あなたから離れているあいだ、

季節は春でした。

(M.ウェストマコット名義によるA.クリスティの「春にして君を離れ」というタイトルはこちらから採られています)