業苦 崖の下 嘉村礒多

埋もれた私小説

講談社文芸文庫(98.9.10)

昨年から完全版人間の運命(勉誠出版)を、ぽつぽつと読んでいて、最近ではその巻に登場した人物・起きた事件にかんしても手を伸ばすようになった。

このたび第9巻を読み了え、そこに登場した人物のうちの嘉村礒多(かむらいそた)について取り上げてみる。

 

収められているのは文芸誌処女作である「業苦」から絶筆「冬の午後」まで全12篇。

巻末の秋山駿氏の解説によれば、「最も鋭い作品は、処女作の『業苦』『崖の下』であり、ある生の熟した感を与える佳作が『秋立つまで』『途上』であり、最後の傑作が『神前結婚』である」とのこと。

わたしとしては「業苦」や「崖の下」は文章がまだ生硬で、最初に読む分におすすめできるとはいえない。読みものとしての体裁がいちばん整っている「途上」を読んでみて、肌に合うかどうかを試されるのがよいと思ふ。そして「業苦」「崖の下」の重さに触れ、「神前結婚」にすすむのがよいのではないでしょうか。

「途上」で、ちとキビシいなと思はれたなら、そのまま「神前結婚」でフィニッシュでいいかもしれません。結末の清涼感は私小説が苦手な人にも受けとめられる類いのものでしょうから。